白玉椿(しらたまつばき)、侘助(わびすけ)、袖隠(そでかくし)、乙女椿(おとめつばき)・・・この風雅な名前はどれも、椿の花につけられたものです。古くから、日本人は椿という植物に特別な思い入れをして、親しんできました。
そもそも、椿という字は日本でつくられた漢字、つまり国字です。四季を通じて枯れることない艶やかな緑の葉をもつツバキは、古来、神の依り代、聖なる木だとされてきました。春に先駆けて花をつけるところから、春の木と書いて、椿。春告げの喜びがそのまま伝わってくるような美しい字です。
椿の花を目にする頃になると、思い出すのはまだ冷たさの残る風が吹き抜ける河原でのおままごと。子供の頃、遊び場所としていた葦の河原があって、そこに行くには生家の寺の境内から崖を降りるのが早道。崖には藪椿(やぶつばき)が一面群生していました。こわごわと、椿の太い枝を探して、足場にして降りるのですが、鼻先には、真紅の椿の花があふれるように咲いている。春一番を待つちょうど今頃でしょうか、椿の花を手折りながら、椿の木登りではなく、木下りするのが日課のお遊びでした。そのあとは、椿の赤い花と葉っぱでおままごと。
立春のある日、由緒ある和菓子屋さんの店先に、昔日のおままごとそのままのような葉っぱのお菓子が並んでいるのを見つけて嬉しくなりました。聞けば、源氏物語にも登場するという日本最古の菓子だといいます。「椿餅」というその和菓子は、艶やかな椿の生葉二枚で道明寺粉の生地を挟んだ素朴なものです。
平安の頃、蹴鞠を終えた若者たちが御殿で食べたという椿餅の葉っぱも、きっと艶やかだったことでしょう。そして、葉っぱで挟むというアイデアは、案外、若い女御がおままごとから編み出したのではないかしらと想像すると、河原でのおままごとよろしく、私も椿餅を作ってみたくなるのです。