こいつぁ春から縁起がいいわぇ

しらうお1

歌舞伎の演目、‘三人吉三(さんにんきちさ)巴白波(ともえのしらなみ)’の大川端(おおかわばた)(隅田川)のシーンに、以下のようなセリフがあります。下線部にふさわしい魚介を選びなさい。
月もおぼろに____の かがりもかすむ 春の空
① しらうお
② しらす
③ しろうお
④ しろえび

解答:① しらうお

解説:
河竹黙阿弥(もくあみ)の名作‘三人吉三巴白波’は、いずれも吉三郎という三人の盗賊が繰り広げる因果応報の物語だ。節分の夜、大川端でひょんなことから夜鷹(よだか)を川に突き落として小判百両を奪ったお嬢「吉三」が朗々と唄いあげ、「こいつぁ春から縁起がいいわぇ」で締める有名なセリフの冒頭である。
隅田川が大川と呼ばれていたころ、夜にかがり火でおびき寄せる佃島のしらうお(白魚)漁は、江戸の早春の風物詩だった。サケの仲間で、ふだんは河口にすみ、春の産卵期に川に上がってくる。体長5センチほどのほっそりとして透き通った姿形のしらうおの美しさは「白魚のような指」と女性の指にも例えられる。また、頭部の黒い斑点が葵(あおい)の御紋(ごもん)を想わせるところから徳川家康が気に入り、以来260年間にわたり徳川将軍家に献納され続けた。江戸前で獲れなくなり、現在では北海道・厚岸(あっけし)湾や青森県・小川原(おがわら)湖、兵庫県赤穂(あこう)、島根県宍道(しんじ)湖などから入荷してくる。間違いやすい③しろうお(素魚)はハゼ科でハゼの仲間。生きたまま踊り食いしてのど越しを楽しむ魚。
しらうおの淡泊であっさりとした味わいを楽しむために、ゆでて酢じょうゆと和えたり、お吸い物や天ぷらにすることが多いものの、生のまま食べると甘みとほろ苦さが口いっぱいに広がり、まさに春の味わいである。

しらうお2

食通としても知られた池波正太郎の時代小説には、季節ごとの食べ物がよく登場する。立春とはいえまだ肌寒いこの季節を描いた作品「仕掛人・藤枝梅安―春雪仕掛針」などから、池波が好んだのがシラウオの卵とじだったことがうかがえる。「新装版 食卓のつぶやき」(朝日文庫)のなかで次のように語っている。
― 私が自分の時代小説の中へ、しばしば、食べ物を出すのは、むかしの日本の季節感を出したかったからにほかならない。季節の移り変わりが、人びとの生活や言動、または事件に、物語に影響してくる態(さま)を描きたいのだ。

白魚の卵とじ
白魚の卵とじ

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尾山 雅一 (日本さかな検定代表理事)

投稿者: 尾山 雅一 (日本さかな検定代表理事)

平成21年、一般社団法人 日本さかな検定協会を立ち上げる。自ら日本各地をめぐり、検定の副読本執筆まで手がける魚食文化発信のエキスパート。 日本さかな検定(愛称:ととけん)とは、近年低迷が続く日本の魚食の魅力再発見と、地域に根ざす豊かな魚食文化の継承を目的として2010年から検定開催を通し、思わず誰かに伝えたくなる魚介情報を発信する取り組み。 2010年の第1回を東京・大阪で開催、2015年には全国12会場まで拡大。小学生から80歳代まで累計2万名を超える受検者を47都道府県から輩出。今年は6月25日(日)に札幌(初)・石巻・東京・静岡・名古屋・大阪・兵庫香美(かみ・初)・宇和島・福岡ほかの各会場で開催予定。