暖かい土の中で、ぬくぬくと冬籠りをしていた虫たちが目覚める季節がやってきました。
寝ぼけ眼の虫たちが起き出してくるのは、平均気温が10℃になる頃。目覚まし時計ならぬ、目覚まし気温というわけです。
3月上旬の過去30年間の平均気温をチェックしてみると、東京では、最低気温4℃、最高気温12℃。暖かい日差しにほっと春を感じる日もあれば、まだまだ冷たい北風の吹き抜ける日もあります。春めいた日に起き出した虫たちが、寒い日には「寝足りない」、「まだ朝の5時だったのか…」など人間よろしくぼやいていそうです。
日本の食卓に欠かせないわさびの花が咲き出すのもちょうど今頃。10年ほど前、わさびの新たな加工品開発の相談を受けて、岩手県雫石町のわさび田に出向きました。雫石町のわさび田はちょっとユニークで、東北地方の高速道路をブルドーザーで拓いていった建設会社が作り手でした。わさびといえば、清らな水が流れる沢をイメージしますが、雫石町のわさび田は岩手山の伏流水をくみ上げ、鉱物を敷き込んだボックスにわさびの苗を植えるという、建設会社のノウハウを活かした新しい方式のわさび田でした。
綺麗な水、それも一年を通じて13度前後の水温を保つことが必要とされる繊細なわさびの栽培に、ブォー、ブォーと音をたてながら大地を均していくブルドーザーはなんだか奇妙な組み合わせ。でも、この新たな取り組みによって、沢のわさびと遜色のない、つんと鼻に抜けるわさび独特の辛みと香りをもった良いわさびが採れたのです。
清らかな水、それも適温でなければならないし、夏の直射日光はご法度。なんて手間のかかる作物、わさび。雫石町のわさび田で、2回目のわさびの花の開花を眺めながら、柔らかな葉の先に白いレースのような花をつけたわさびは、まるでお嬢様のようだとおもったことを覚えています。