木枯らしの訪れとともにシーズンが始まります。気温の下がってくる、秋から冬にかけてよく餌を食べるようになるため、師走のこの時季、身肉が締まり最も美味しく「冬至なまこ」という言葉も。
スーパーなどでは、小さく切ったものが袋やパックに入れられて販売されていますが、市場にはそのままの姿で海水をしこんだビニール袋に入ってやってきます。見た目にぎょっとする向きもありそうですが、ひとたび酢の物にでもすれば、なんともいえない滋味風味。なまこの生態に由来する漢字表記を選びなさい。
①海月
②海鼠
③藤壷
④海蛸
【解答】②海鼠
【解説】
なまこは体表の色から、青、黒、赤の3種がある。内湾の砂泥にすみ、暗緑色をしたものを「青なまこ」、黒色のものを「黒なまこ」、岩礁をすみ処とし赤褐色の模様のあるものを「赤なまこ」と呼び、一般に関東では青なまこ、関西では赤なまこが好まれる。
漢字で「海鼠」と当てるのは、夜に動きまわる様子がネズミに似ているから。その姿かたちからは想像もできない滋味なるなまこ。
ナマコの仲間は世界中に生息し、熱帯アジアにもたくさんの種類がいる。日本のように生で食べる国はまれで、ナマコの加工、乾物生産はしても食用としない地域も多い。
ナマコを食文化にまで高めたのは中国である。昔もいまも中国か中国人のいる町々に集まってくる。
ナマコは乾燥させると、たちまち中国料理を代表する高級食材となる。中国料理では、内臓をのぞいて茹でてから乾燥させた「煎海鼠(いりこ)」を使い、もどすのに5日から1週間もかける。その味わいは絶妙で生のときはこりこりとしていた食感がぷるぷるに変わる。料理としてはスープなどの旨みをよく吸わせた煮込みなどにするのが一般的だが、なかでもフカヒレや干しアワビとともに煮込んだ「紅焼(ほんしゃお)三鮮」が有名だ。
清朝時代の宮廷料理で、江戸時代からこの3品は幕府の大切な外貨獲得の品として、とくに「俵物三品(たわらものさんぴん)」の名で中国に輸出された。ちなみに中国でナマコを海参」と書くのは、朝鮮人参なみの薬効があるとされるから。
なまこは古来一字称で“こ”と呼ばれ、干したものを「干しこ」「いりこ」というのに対して「生こ」とされた。したがって、この内臓を「このわた(腸)」、卵巣を「このこ」というのである。
ウニ、カラスミと並んでこれまた日本の三大珍味にあげられる「このわた」は、細い腸を指先で選別する手間を惜しまぬ作業を経てつくられる珍味中の珍味だ。
はるかな昔、アメノウズメ―アマテラスオオミカミが岩穴にお隠れになって、この世が闇になったおり、岩戸の前で舞い踊りアマテラスさんをおびき出したあの女神さん―が大小の魚を集め、天の神への服従を誓わせた。
ヒラヒラ舞いながら「もちろんですとも」「ハイハイ、天の神さんでしたら」口々に答える魚にまじり、ひとりダンマリを決め込むものがいた。
ナマコである。真一文字に口を結び、ウンともスンともいわない。この様子にカッときたアメノウズメ。ナマコの口を切り裂いてしまった。あわれナマコの口がイソギンチャクみたいにギザギザになったのは、それからなんですと。
この『古事記』に出てくるエピソ-ドを確かめようと、もはや口をしみじみ見ることはないが、姿が珍妙でひょうきんなナマコを俳人たちはこよなく愛し、名句がたくさん生まれた。
思うこと いはぬさまなる 海鼠かな 蕪村
憂きことを 海月に語る 海鼠哉 召波
尾頭の 心もとなき 海鼠かな 去来
小石にも 魚にもならず 海鼠かな 子規
いつだったか、新聞に「海の黒ダイヤ窃盗団逮捕」の見出しが躍っていた。記事によると、300キロ、時価1200万円相当の干しナマコが北海道稚内市の水産会社から盗まれたとある。
ここ10年ほど、中国での消費拡大を背景にナマコの取引価格は高騰している。なかでも北海道産は肉厚で味もよく“黒いダイヤ”と呼ばれる最高級品。乾燥させたナマコが1キロ10万円を超すこともあるそうだ。中国内で富裕層が拡大したことに加え、「健康食として注目され、従来の広東地方だけでなく、北京など各地で食べられるようになった」(北海道漁連)。最近でも年に何度か密漁や盗難が各地でおきている。
女神に嫌われたナマコは、今や高級品の“黒いダイヤ”なのである。
①海月はコリコリとした食感が楽しめる中華料理でおなじみのクラゲ、水母とも表記する。③藤壷は字のごとくフジツボ、青森県では居酒屋メニューに普通に載ってるローカルフード。④海蛸は三陸の夏の味覚、ホヤ。冬の滋味を代表するのがナマコなら、夏代表に推したいのがホヤである。
日本さかな検定(ととけん)の情報はこちらまで