産卵前の冬、鍋の季節に旬を迎えるふぐ。淡泊にして、旨みがぎゅっと詰まった味わい。ふぐ刺し、ふぐちり、焼きふぐ、から揚げ、白子・・・、いずれもうっとりするほどのおいしさです。
そのふぐの最大の特徴は肝臓や卵巣に含まれる猛毒。その毒の怖さになぞらえたふぐを表す符丁(ふちょう)のうち、誤りを一つ選びなさい。
①鍛冶屋殺し
②北枕
③鉄砲
④富
【解答】①鍛冶屋殺し
【解説】
鍛冶屋殺し(カジヤゴロシ)とは夏の魚、イサキのこと。骨が非常に硬く、昔この骨が刺さって気の毒にも亡くなった鍛冶屋がいた、と伝えられる和歌山県ではイサキをこう呼ぶ。
②から④はいずれもフグの隠語だ。②キタマクラは、死んだ人は北枕で寝かせるのが作法なので、当たると死んでしまうフグ毒の怖さを強調した符丁。③テッポウは当たると死ぬ鉄砲にたとえた。しかし、昔の鉄砲は精度が低くて滅多に命中しないことから、逆説的に「うちのは当たらない」という売り文句に掲げる店もあったという。④トミは江戸末期に流行した‘富くじ’にちなんだもの。これまた当時はなかなか当たらないので、縁起をかついでいわれた。
海の中では無数にいる魚のひとつにすぎず、ほかの国では見向きもされない危ない魚、ふぐ。私たち日本人の心をずっと惑わせ続ける魚への悩ましい思いは、
河豚は食いたし 命は惜しし
河豚汁を食わぬたわけに食うたわけ
とアンビバレントな感情を抱かせてきた。
ふぐの魔力に取りつかれた俳聖たちも。
あらなんともなや きのうは過ぎて 河豚(ふくと)汁 芭蕉
ふく汁の われ生きている 寝覚めかな 蕪村
五十にて ふぐの味知る 夜かな 一茶
当時はもっぱらふぐ鍋で食されていたようだ。
猛毒がありながら、最高級魚としての地位を不動のものにしているフグ。世界で約120種が確認され、日本には約45種が分布する。そのうち食用とされるのは、トラフグ、マフグ、ショウサイフグ、ゴマフグ、ヒガンフグ、シロサバフグなど数種類。なかでもトラフグの天然ものは、もっとも美味とされる。
身は高タンパクで超低脂肪。皿が透き通るほど薄くそぎ切りにするのは、身が締まっていて薄くないと噛み切れないため。イノシン酸、グリシン、リジンなどが豊富で、独特の旨みと歯ごたえがある。
大阪は安いフグ料理がいっぱいだ。鉄砲という隠語をもつ大阪では、「おもしろいこと言いまんな。ほなら鍋はてっちり、刺身はてっさ」と、笑い飛ばす豪放さがある。商人の町の自由さ、である。
そこにいくと、東京の不自由なこと。こっそり楽しめたのは町人レベル。幕府の方針はフグ食厳禁だったから、侍が口にしようものなら、家禄没収、御家断絶である。
豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592年)のおり、肥前(佐賀県)名護屋城に集まった軍勢が地元で獲れたフグを調理法も知らず食べ、毒に当たり犠牲者が続出、戦力が大きくそがれた。以来、「フグ食は天下のためにならず」という秀吉の禁止令が江戸時代になっても引き継がれ、武士はフグ食を禁じられていた。
明治に入って、フグ食解禁をうながしたのは、初代総理大臣の伊藤博文というが、東京にはフグを扱うための日本一厳しい条例がしかれた。つい最近までずっとだ。これではフグ食風土は育ちようがない。
その東京が、身欠きフグ解禁に沸いたのは2012年のこと。身欠きフグというのは、卵巣や肝臓ほか毒のある部位を取り除いたおろし身だ。
本州の最西端、関門海峡をのぞむ下関。瀬戸内海と日本海両方の魚が水揚げされ、かつて日本最大の水揚量を誇った水産業の拠点だ。街の西側、彦島はふぐの島である。全国でただ一つのフグ専門の市場、南風泊(はえどまり)市場がある。最大20万匹を活かす大きないけすが400基、全国から24時間フグが運ばれてくる。国内水揚げのほぼ半分がここに集まる。フグの美味しさは鮮度が勝負。入荷した活けフグは100㌘単位で重さごとに分けるが、秤にのせる時間も惜しく手に取った熟練職人が一瞬のうち重さを判断、700g、800g、900g、1kg・・・と選別していく。生きたまま競り落とされたフグは加工場へと運ばれ、ふぐ職人の手で瞬時に皮をはがれ、毒のある内臓や棘のある鮫肌などを除去する。こうして身欠きフグができあがる。
近年、フグが好んで食べる貝やヒトデに含まれる猛毒、テトロドトキシンがフグの内臓に蓄積されることが解明された。そこで、稚魚のときから毒のないエサだけを与えてトラフグ養殖が行われるようになっている。近い将来、フグの肝も食用とする時代がやってくるかもしれない。
いまや 河豚は食いたし 毒もなし である。
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