柚餅子は、謎めいた食べ物だ。
由緒は実に正しくて、室町時代、御所に仕える女官たちが書き継いだ当番日記『お湯殿の上の日記』に、すでに「ゆべし」についての記述がある。ここには、製法などは書かれていないが、江戸時代初期の料理書『料理物語』には、レシピが記載されている。それによると、味噌、生姜、胡椒をよくすり混ぜ、榧(かや)、胡麻、杏仁を加え、身をくりぬいた柚子の中に入れて蒸し、そのあとよく干すという製法だ。酒肴にもご飯の菜にもなる「丸柚餅子」がこれ。時代が下るにつれ、さらに糯米が入るようになった。
と、これで済めば、別に謎めいてはいない。しかし、この元祖「ゆべし」から時代とともに、たくさんのバリエーションが発生したために、えっ? これも「ゆべし」なの? とビックリすることが多いのだ。まずは、甘みが加わってお菓子になった「丸柚餅子」。現在も名菓として有名な輪島の中浦屋さんが作るものが、その代表だろう。上品で繊細で、チーズと合わせてもすごく美味しい。ほかにも、柚子風味の棹仕立てのものや白味噌風味のものがあるし、東北や北関東では柚子が入らない(!)「くるみゆべし」が愛されている。形も、四角だったり三角だったり、いろいろだ。
北関東生まれの私にとっては、柚子が入らない「ゆべし」の方が駄菓子屋さんで馴染のお菓子だったりするのだが、反対に長崎の壱岐では柚子の皮を出汁と醤油、砂糖でじっくり煮詰めたものが「ゆべし」なのだそうで、もうなにがなんだかわからなくなってしまう。
やはりここは、自分でいろいろ作ってみないと「ゆべし」の「真実」には迫れないと、郷里の栃木市の人たちと「出流(いづる)柚餅子プロジェクト」を始めた。栃木市の西北端の出流地域は、坂東三十三観音のひとつ出流山満願寺の門前の集落。柚子がたわわに実り蕎麦の美味しい山間地だ。そこのお蕎麦屋さんとお土産屋さんに、栃木市の観光政策のひとつ「とちぎ江戸料理」の取り組みとして、昨年の大寒の頃からさまざまな「ゆべし」を作ってもらった。甘い風味のものあり、蕎麦の実入りあり、市内の田楽味噌の美味しいお味噌やさんのお味噌をつかったものありと、創意工夫を凝らした品々が誕生した。いずれもなかなかの出来映えで、新たな地域の特産品に充分なると思う。
が、「ゆべし」の多様性にとりつかれた私は、さらに遠くまで行きたくなっている。柚子の皮をインド風の漬物(アチャール)にしたら、きっと美味しいにちがいない気がするのだ。これぞ、インド風「ゆべし」! ちょっと遠くに行き過ぎか。