ちょうど今頃、木枯らしが吹き初めたころのこと、「口切のお茶事」に一度だけ伺ったことがある。
初夏に摘んだ新茶が茶壷に詰められ、封をされ茶家の元に届けられる。この茶壷の封を切って行われる「口切の茶事」は、「炉開き」ともいい茶人のお正月として祝われる。茶壺の封を切ると、空気にふれたお抹茶がよい香りをはなつ。秋も深まり寒さも増してくる亥の月に、お釜がしゅんしゅんと湧く音を聞きながらいただいた深い緑のお濃茶は格別だった。亥の月に催される「口切の茶事」のお菓子には、「亥の子餅」が定番だと知ったのもこの茶会だった。
招いてくださったのは、千葉東金の茶人・半澤鶴子さん。全国に行脚して、いく先々で茶会を開かれるという風雅な方で、土地の産物を調達して料理をこしらえ、客人にふるまい茶を楽しまれている。菓子まで気張って手作りされる。その日の主菓子にはやはり、「亥の子餅」。イノシシの子のウリボウの姿をしたその素朴なかわいらしさが座を和ませていた。
本来「亥の子餅」は、お玄猪、おなり切りともいって、旧暦10月の亥の日亥の刻(午後9時から11時)に食べる。無病息災を願い、イノシシの子だくさんにあやかって子孫繁栄を祈る中国由来の行事だったが、加えて、亥の方角は、陰陽五行説に基づくと水と関係することから、火伏せを祈願するという意味も込められている。閉じてあった炉を開き、炭を入れるお茶会には、なるほどぴったりだ。
私のお気に入りは京都・仙太郎の「亥の子餅」。茹で小豆を餅に混ぜ込みイノシシのように「ゴワゴワ」とした生地で餡を包んだ野趣あるもの。抹茶もいいが、熱い番茶でもいい。美味しい亥の子餅をいただいて、火の用心の心構えをあらたに冬を迎えよう。