最近愛用しているインドのミックススパイスがある。
5種類のスパイスシード(クミン、フェンネル、マスタードシード、フェネグリーク、ブラッククミン)を同量の比率で混ぜ合わせた「パンチホロン」(5つの香り)だ。インドのベンガル地方やバングラデシュの郷土料理には欠かせない伝統スパイスだが、これが日本の猛暑の暑気払いにぴったりなのだ。なんともいえない魅惑的な香りが食欲を誘い、スパイスの薬効が消化を助ける。暑い夏の日の正気を保つ「気付薬」として、My キッチンに定着して数年がたつ。夏はやっぱりカレーだね!に深くうなずく日々なのである。
日本でカレーがはじめてつくられたのは、古く奈良時代という説をみつけた。
その説によると、奈良東大寺の大仏開眼の導師を務めたインド婆羅門僧・菩提僊那(ぼだいせんな)という偉いお坊さんが、持参した乾燥スパイスを使って皆に振る舞ったのではないかという。当時のスパイスは、お薬だった。奈良の正倉院には光明皇后が納めた生薬の中にも、いくつかのスパイスが現存している。
菩提僊那がカレーをつくったとしたら、辛味のスパイスは、ヒハツという長胡椒や、山椒、それからマスタードシードだろう。辛味の王様、唐辛子がインドに登場するのは、大航海時代を待たなくてはならない。ところで、古代密教の僧だった菩提僊那は呪術にも通じていたと伝えられている。さまざまな効能をもつスパイスを駆使して、病気をなおしてみたり、人を呪ってみたり、必勝祈願してみたりしてたんだろうか。私のお気に入りパンチホロンは、その時どんなお役まわりだったのだろう。
さて、実際のパンチホロンの使い方は、意外に簡単。他のスパイスと同様に、はじめに熱した油でスパイスシードを弾かせて香りを立たせて使う。5種混ぜあわさっているので油の温度にちょっとしたコツがいるものの、例えばジャガイモと炒めあわせて蒸し煮にするだけで複雑な香りが鼻孔をくすぐる「じゃがいものサブジ」というインド料理ができる。カジキマグロやマトンのカレーに使うのもいい。ゴージャスな香りが炸裂する。
夏の日は、やっぱりカレーだね!の呪術からは、ああ、当分逃れられそうもない。